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近代・現代

大正時代の中廊下式住宅とは?洋風と和風の融合が魅力的な住宅様式を解説

大正時代の中廊下式住宅とは?洋風と和風の融合が魅力的な住宅様式を解説 近代・現代
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大正時代は、日本が近代化を目指し、西洋の文化や技術を積極的に取り入れた時代でした。
住宅においても、洋風の要素が多く見られるようになりました。
その中で、特に普及したのが「中廊下式住宅」と呼ばれる住宅様式です。
この記事では、中廊下式住宅の特徴と歴史について紹介します。

中廊下式住宅とは

中廊下式住宅とは、大正時代に都市部の中流家庭の住宅として流行した住宅様式です。
この住宅様式は、廊下を挟んで南側に家族の居室(和室)を、北側に水回りや使用人の部屋などを配置しました。
このような間取りは、家族のプライバシーを保ちつつ、日当たりや通風を考慮したものでした。
また、玄関脇には洋風の応接室を設けることもありました。
中廊下式住宅は、「文化住宅」という名で呼ばれることもありました。

中廊下式住宅の歴史

中廊下式住宅の歴史

中廊下式住宅は、日本が近代化を目指し、西洋の文化や技術を積極的に取り入れた時代に登場しました。
明治時代には、西洋から建築技術や建築家が招かれ、鹿鳴館や三菱一号館などの洋風建築が建てられました。
また、グラバー邸や岩崎邸などの洋風住宅も登場しましたが、これらは高価で一般庶民には手が届きませんでした。
大正時代に入ると、第一次世界大戦後の好景気や生活改善運動などにより、都市部では電気やガス、水道などのインフラが整備されました。
また、関東大震災により多くの建物が倒壊したことで、鉄筋コンクリート造や同潤会アパートなどの新しい建築が普及しました。
この時期には、フランク・ロイド・ライトが旧帝国ホテルや自由学園明日館などを設計しました。
こうした背景の中で、中廊下式住宅は合理性と機能性を追求するとともに、洋風と和風の融合を図った住宅様式として広まりました。
しかし、昭和時代に入ると、戦争や経済危機などにより、中廊下式住宅は衰退していきました。

中廊下式住宅の特徴

中廊下式住宅は、洋風と和風の要素を組み合わせた住宅です。
以下にその特徴を紹介します。

  • 廊下
    廊下は、西洋のコリドーに倣って作られたもので、家族の居室と水回りを分離する役割を果たしていました。
    廊下は中央に配置されることが多く、南北に通ることで日当たりや通風を良くしていました。
    廊下には窓や照明が設けられ、床は木材やタイルなどが使われていました。

  • 居室(和室)
    居室は、和室で構成されており、畳や障子、襖などの伝統的な建材が使われていました。
    居室は南側に配置されることが多く、日当たりや眺望を楽しむことができました。
    居室には床の間や縁側などの和風の装飾が施されていました。

  • 応接室(洋間)
    応接室は、来客用の部屋で、洋間や洋館と呼ばれることもありました。
    応接室は玄関脇に配置されることが多く、外部からのアクセスが容易でした。応接室には洋風の家具やカーペットなどが置かれ、壁紙や天井なども洋風に仕上げられていました。

  • 水回り
    水回りは、台所や風呂場、トイレなどを含む部分で、電気やガス、水道などの設備が整っていました。
    水回りは北側に配置されることが多く、廊下から直接入ることができました。
    水回りには洋式の器具やタイルなどが使われていました。

  • 使用人の部屋
    使用人の部屋は、使用人や家政婦などの住まいで、水回りの近くに配置されていました。
    使用人の部屋は小さく簡素なもので、和室や洋室のどちらかで作られていました。
    使用人の部屋からは廊下や水回りに直接出入りすることができました。


  • 庭は、日本庭園の手法を取り入れて作られたもので、池や石灯籠、盆栽などが配置されていました。
    庭は南側にあることが多く、居室から眺めることができました。
    庭には散策路やベンチなども設けられていました。

まとめ

中廊下式住宅は、大正時代に流行した住宅様式です。
廊下を挟んで南側に家族の居室(和室)を、北側に水回りや使用人の部屋などを配置した住宅で、洋風と和風の融合を図った住宅様式です。
この住宅様式は、「文化住宅」という名で呼ばれることもありました。
しかし、昭和時代に入ると衰退していきました。
今では貴重な歴史的建造物として保存されているものもあります。

この記事では、中廊下式住宅の特徴と歴史について紹介しました。
中廊下式住宅は日本の近代化を象徴する住宅様式です。
ぜひ参考にしてください。

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